播磨 姫路城はりま ひめじじょう

城郭放浪記


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播磨 姫路城の写真
掲載写真数
形態
平山城
別 名
白鷺城,姫山城
文化財指定
特別史跡
遺 構
天守,櫓,門,石垣,郭,堀,井戸
城 主
赤松則村,赤松貞範,小寺頼李,山名持豊,小寺豊職,黒田重隆,黒田孝高,羽柴秀吉,羽柴秀長,木下家定,池田輝政,池田利隆,池田光政, 本多忠政,松平忠明,榊原忠次,松平直矩,本多忠国,榊原政邦,榊原政永,松平明矩,酒井忠恭,酒井忠実,酒井忠績,酒井忠惇,酒井忠邦
歴 史

正平元年(1346年)赤松貞範が姫山に築いたのが最初といわれる。 赤松氏の被官であった小寺氏の時代は姫山城といわれていた。 一時山名氏に奪われていた播磨は応仁の乱ののち再び赤松氏のものとなり小寺氏が城主となった。 織田信長の命により中国侵攻中の羽柴秀吉は播磨を平定後、三木城を本拠とする予定であったが黒田孝高の勧めもあり姫路城を本拠とする。 秀吉は三重の天守を築くなど大改修を行う。 現在の様式に改修したのは池田輝政で関ヶ原合戦後、播磨一国五十二万石で入封している。

・慶長5年(1600年)木下家定が備中国足守に転封。
・慶長5年(1600年)三河国吉田より池田輝政が五十二万石で入封、元和2年(1616年)光政の時、因幡国鳥取へ転封。
・元和3年(1617年)伊勢国桑名より本多忠政が十五万石で入封、寛永16年(1639年)政勝の時、大和国郡山へ転封。
・寛永16年(1639年)大和国郡山より(奥平)松平忠明が十八万石で入封、慶安元年(1648年)忠弘の時、出羽国山形へ転封。
・慶安元年(1648年)出羽国山形より(越前家)松平直基が十五万石で入封、慶安2年(1649年)直矩の時、越後国村上に転封。
・慶安2年(1649年)陸奥国白河より榊原忠次が十五万石で入封、寛文7年(1667年)政倫の時、越後国村上に転封。
・寛文7年(1667年)越後国村上より(越前家)松平直矩が十五万石で入封、天和2年(1682年)豊後国日田に転封。
・天和2年(1682年)陸奥国福島より本多忠国が十五万石で入封、宝永元年(1704年)忠孝の時、越後国村上に転封。
・宝永元年(1704年)越後国村上より榊原政邦が十五万石で入封、寛保元年(1741年)政永の時、越後国高田へ転封。
・寛保元年(1741年)陸奥国白河より松平明矩が十五万石で入封、寛延2年(1749年)朝矩の時、上野国前橋へ転封。
・寛延2年(1749年)上野国前橋より酒井忠恭が十五万石で入封、以後明治に至る。

案 内
最寄り駅(直線距離)
1.2km 山陽姫路駅
1.2km 京口駅
1.3km 姫路駅
2.4km 東姫路駅
2.4km 手柄駅
所在地/地図
兵庫県姫路市本町
付近の城(直線距離)
1.6km 播磨 柴崎山城
2.6km 播磨 石積山城
3.9km 播磨 広峰山城
4.3km 播磨 国分寺構居
4.5km 播磨 妻鹿城
4.6km 播磨 庄山城
4.9km 播磨 御着城
5.1km 播磨 加茂構居
5.2km 播磨 佐土構居
5.4km 播磨 坂本城
5.9km 播磨 英賀城
6.3km 播磨 白鳥構居(実法寺)
6.6km 播磨 別所構居(姫路市)
6.7km 播磨 姫路藩 飾磨砲台
6.8km 播磨 才構居
6.8km 播磨 白山城
7.2km 播磨 清水谷構
7.3km 播磨 白鳥構(白鳥山)
7.7km 播磨 番城山城
7.7km 播磨 田野城
7.7km 播磨 的形城
8.0km 播磨 赤坂山城
8.4km 播磨 福泊構居
8.5km 播磨 太尾城
最終訪問日
2021年2月
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