美濃 北高木陣屋みの きたたかぎじんや
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慶長6年(1601年)高木四郎左衛門貞俊が千石を与えられ、北高木家の祖となった。 高木家に関しては西高木陣屋を参照。
北高木家は高木貞久の長男貞家の子貞俊を初代として十四代貞栄まで続き明治に至る。
北高木陣屋は西高木家陣屋の北下に築かれていた。北側から車道が建設されたため、三つの陣屋跡の中では状態が一番悪い。唯一の遺構は東高木陣屋との境、旧伊勢街道沿いに残る石垣である。