詳細不明。この地に城があって白旗城の戦に援軍を出したとの伝承があるのみ。
柏原城は西へ伸びた丘陵の先端頂部に築かれている。いまは荒れているが北麓の太子堂奥にある墓地から遊歩道が設けられている。
曲輪とされる削平地は東西二段で高低差は1mにも満たない。『上郡町史-第3巻-史料編』によれば、この地には太平洋戦争時に防空監視哨が設置され、戦後には公園となっていたとのことなので、この削平はそのときのものであろう。東背後は低い土塁状の高まりがあるが、内側を削平したために残ったもので土塁ではない。南尾根にも若干加工された地形があるが、これも曲輪とは言い難い。
城郭遺構と考えられるのは東背後を遮断する堀切で土橋が架かる。しかしこれも城内側と堀切の外側の高低差がほとんどなく要害性に乏しい。
さらに東へ登った小ピークのあたりに小規模な段が構築されているが城郭遺構ではなく由来は不明。
以上のように現在確認できる遺構からは城郭遺構ではない可能性が高い。
北麓の太子堂の奥にある墓地から道がある。
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