紀伊 和歌山城きい わかやまじょう

城郭放浪記


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紀伊 和歌山城の写真
掲載写真数
形態
平山城(49m/40m)
別 名
虎伏山城,竹垣城
文化財指定
国指定史跡
遺 構
門,石垣,郭,堀,井戸
城 主
羽柴秀長,桑山重晴,浅野幸長,浅野長晟,徳川頼宣,徳川光貞,徳川綱教,徳川頼職,徳川吉宗,徳川宗直,徳川宗将,徳川重倫,徳川治貞,徳川治宝,徳川斉順,徳川斉彊,徳川慶福(家茂),徳川茂承
歴 史

天正13年(1585年)羽柴秀吉の命を受け羽柴秀長が築城した。 秀長は当時大和国郡山を本城としていたため、和歌山城には重臣の桑山重晴を城番として置いた。

関ヶ原合戦後は浅野幸長が入城し大改修した。 元和5年(1629年)長晟の安芸国広島への移封にともない徳川頼宣が駿河国駿府城より入城し御三家として明治まで続く。

説 明

和歌山城は紀の川河口に築かれた平山城で、江戸時代に御三家の一つ紀州徳川家の居城であった。現在は国指定史跡となって公園整備されている。

小高い山を取り囲むように縄張りされた城で、山の上には西に天守曲輪、東に本丸が築かれている。その間から南へ降りる道を「表坂」、北に降りる道を「裏坂」と呼んでいるが、これは大手が岡口門にあった頃の名残であろうか。北麓には二の丸、西に西の丸と砂の丸、南には南の丸があり、これらを取り囲むように石垣や堀が巡っていた。さらに北や東に三の丸があり、和歌山川と市堀川が外堀となる。

天守は第二次世界大戦の和歌山大空襲によって焼失し、現在あるのは昭和33年に鉄筋コンクリートで外観復元されたものである。天守は大天守、小天守、乾櫓、二之門櫓を多聞櫓が結ぶ連立式天守構造であった。

現存する建物は岡口門とその脇の土塀、追廻門、時鐘堂である。復元された建物は一の門、御橋廊下などがある。

岡口門の写真

岡口門(現存 櫓門)


所在地: 城内南の丸
浅野氏築城のおりは大手門であったが、徳川氏の時代に搦手門となった。近くの土塀も現存する遺構である。
国指定重要文化財

追廻門の写真

追廻門(現存 城門)


所在地: 城内砂の丸

時鐘櫓の写真

時鐘櫓(現存 櫓)


所在地: 奥山稲荷大神(和歌山県和歌山市吹上1)
正徳2年(1712年)に建てられた
県指定史跡

本丸御殿台所の写真

本丸御殿台所(移築 御殿)


所在地: 光恩寺(和歌山県和歌山市大垣内)

天守の写真

天守(復興 天守)


所在地: 城内本丸

小天守の写真

小天守(復興 天守)


所在地: 城内本丸

楠門(二の門)の写真

楠門(二の門)(復興 櫓門)


所在地: 城内本丸

埋門の写真

埋門(復興 城門)


所在地: 城内本丸

ニの門櫓の写真

ニの門櫓(復興 櫓)


所在地: 城内本丸

乾櫓の写真

乾櫓(復興 櫓)


所在地: 城内本丸

御橋廊下の写真

御橋廊下(復興 橋)


所在地: 城内二の丸と西の丸

大手口門の写真

大手口門(復興 城門)


所在地: 城内

案 内

周辺に有料駐車場がたくさんある。城内南側の有料駐車場が一般者用である。

最寄り駅(直線距離)
1.1km 和歌山市駅
1.1km 和歌山市駅
1.9km 紀和駅
1.9km 和歌山駅
2.0km 田中口駅
所在地/地図
和歌山県和歌山市一番丁
付近の城(直線距離)
0.3km 紀伊 岡山城
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最終訪問日
2018年7月
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