詳細不明。城主は松浦甚吾左衛門で、はじめ武田氏、のちに熊谷氏に従ったという。
『芸藩通志』には「尾首城、久保城、並に勝木村にあり、尾首は、松浦甚吾左衛門...」とある。
尾首城は水越山から東へ伸びた支尾根の一つ、標高216mの山に築かれている。
単郭の城ながらほぼ全周を畝状竪堀群が囲繞する縄張である。
主郭は東西に長く西端と虎口脇に僅かな土塁が確認できる。縁に六ヶ所ほど切り込みがあるが崩れなのか人工的なものなのかもよくわからない。石積は北東側や虎口南側面付近に露出している。
虎口は西の南側で下に小さな段があり、そこからスロープが東に続いている。この下方には唯一畝状竪堀群が存在していない。
西尾根は五重堀切1で、間にある二条は北へ竪堀が伸びず南のみ伸びる。内側の二条が大きく、外三条は規模が小さな堀切である。
北側面を埋め尽くす畝状竪堀群2は残存度が良く、高いところは1mほどのコブとなるが、長さは概ね10m未満である。東端部は堀切になっていて、外側は緩斜面地形がそのまま残る。
南東側の畝状竪堀群3は上下二段になっており、上側は規模が小さなものが多い。南西の畝状竪堀群4は上部が平坦地形が竪堀起点となり、下方は削り込んだ竪堀になっている。
勝木ハイツの一番上のところに回転できるスペースがあり、その脇に駐車可能である。そこから南の谷に入っていくと山道があり、それを登れば西尾根にたどり着く。
最寄り駅(直線距離)