下総 関宿城しもうさ せきやどじょう

城郭放浪記


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下総 関宿城の写真
掲載写真数
形態
平城
別 名
なし
文化財指定
市指定史跡
遺 構
土塁,堀
城 主
梁田氏,(久松)松平氏,(能見)松平氏,小笠原氏,北条氏重,牧野氏,板倉氏,久世氏,牧野氏,久世氏
歴 史

築城年代は定かではない。 応永年間(1394年〜1428年)に梁田満助による築城とも、長禄元年(1457年)梁田成助による築城とも云われる。 梁田氏は桓武平氏の後裔で下野国梁田郡梁田御厨の発祥という。

梁田氏は代々足利氏に仕え、天正2年(1574年)梁田晴助の時に北条氏によって攻められ落城、晴助・持助父子は水海城へ退去した。

天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐の後、関東に入部した徳川家康は異父弟の松平康元を置いた。

・元和2年(1616年)(久松)松平忠良が美濃国大垣に転封。
・元和2年(1616年)越後国三条より(能見)松平重勝が二万六千石で入封、元和5年(1619年)遠江国横須賀に転封。
・元和5年(1619年)下総国古河より小笠原正信が二万二千石で入封、寛永17年(1640年)貞信の時、美濃国高須へ転封。
・寛永17年(1640年)遠江国久野より北条氏重が二万石で入封、正保元年(1644年)駿河国田中へ転封。
・正保元年(1644年)武蔵国石戸より牧野信成が一万七千石で入封、明暦2年(1656年)親成の時、京都所司代となり摂津・河内国に転封。
・明暦2年(1656年)武蔵国より板倉重宗が五万石で入封、寛文9年(1669年)重常の時、伊勢国亀山に転封。
・寛文9年(1669年)上総・下総・武蔵・相模国から久世広之が五万石で入封、天和3年(1683年)重之の時、備中国庭瀬に転封。
・天和3年(1683年)常陸・下総・下野から牧野成貞が五万三千石で入封、宝永2年(1705年)三河国吉田に転封。
・宝永2年(1705年)三河国吉田より久世重之が五万石で入封、以後明治に至る。

説 明

天守を模した県立関宿博物館が建てられているが、本丸跡はもう少し南側にあり、博物館から土手を降りて直ぐの未舗装の道を南下すると、本丸跡にたどり着くことができる。

現在、本丸跡は石碑と案内板があるのみ。

新御殿の写真

新御殿(移築 御殿)


所在地: 実相寺 客殿(千葉県野田市関宿台町)

埋門の写真

埋門(移築 城門)


所在地: 民家(千葉県野田市関宿台町)

大手門の写真

大手門(移築 櫓門)


所在地: とんかつ合掌(栃木県下野市下石橋)

天守の写真

天守(模擬 天守)


所在地: 県立関宿城博物館(千葉県野田市関宿三軒家)

案 内
最寄り駅(直線距離)
6.3km 幸手駅
6.3km 南栗橋駅
7.7km 杉戸高野台駅
8.9km 栗橋駅
9.0km 栗橋駅
所在地/地図
千葉県野田市関宿町久世曲輪
付近の城(直線距離)
1.8km 下総 山王山城
4.8km 下総 栗橋城
5.4km 下総 水海城
8.4km 下総 逆井城
最終訪問日
2008年5月
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