天正7年(1579年)に川田氏によって築かれたと云われる。 音川城主の川田氏が天正7年(1579年)に長宗我部氏への備えとして関を構えた所とされる。 この場所には江戸時代にも関所が設けられていた。
関城は音川城の南西の対岸、川に向かって伸びた尾根に築かれており、現在国道193号線が背後を貫通している。
最高所のすぐ下を国道が貫通しており、主郭であったのかどうかわからないが、最高所は墓地となっている。ここから川まで切岸加工された平段が続いているが堀切はない。川沿いの道に「関の関所跡」という江戸時代に置かれていた関所に関する案内板が建っている。また対岸の音川城の案内板で関城に触れられている。