長門 櫛崎城ながと くしさきじょう

城郭放浪記


△トップに戻る

TOP > > (長門国/山口県) > 櫛崎城
Tweet
長門 櫛崎城の写真
掲載写真数
形態
海城(20m/20m)
別 名
雄山城,長府城,串崎城
文化財指定
なし/不明
遺 構
石垣,郭
城 主
内藤隆春,毛利秀元,毛利光広,毛利綱元,毛利元朝,毛利元矩,毛利匡広,毛利師就,毛利匡敬,毛利匡満,毛利匡芳,毛利元義,毛利元運,毛利元周
歴 史

天慶3年(940年)に藤原純友の配下稲村平六景家が在城していたと伝わるが定かではない。

戦国時代には大内義隆の家臣内藤隆春が在城していた。

関ヶ原合戦後、毛利輝元は防長二カ国に減封となり萩城を居城とした。これによって毛利秀元は六万石を分知されて櫛崎城を居城とし長府藩となった。 毛利秀元は毛利元就の四男穗井田元清の長子で、長らく嫡男に恵まれなかった毛利輝元の養子となった人物である。後に輝元に嫡男秀就が誕生したことから別家をたてた。

元和元年(1615年)幕府による一国一城令によって櫛崎城は廃城となり、長府藩は現在の豊浦高校の敷地に居館を構えて藩庁とした。元治元年(1864年)十三代毛利元周のとき勝山御殿を築いて居城を移している。

説 明

櫛崎城は現在の関見台公園から北の豊功神社一帯に築かれていた。 城は東の海に突き出すような場所にあり、西の陸地側に堀を設けていた。

主郭部は現在の関見台公園の辺りで天守台らしきものが積み直されて展望台になっている。どこまで旧状を保っているのか不明であるが、上には礎石らしき石もある。この関見台公園の駐車場から北の豊功神社側へ向かう細い路地沿いに古い石垣が続いており、その北端部分(豊功神社の参道)に石碑が建っている。

案 内

関見台公園に駐車場がある。

最寄り駅(直線距離)
3.4km 長府駅
4.0km 関門海峡めかり駅
4.6km 新下関駅
4.6km ノーフォーク広場駅
5.3km 出光美術館駅
所在地/地図
山口県下関市長府外浦町(関見台公園)
付近の城(直線距離)
1.0km 長門 土肥山城
1.1km 長門 小唐櫃山城
1.1km 長門 大唐櫃山城
2.6km 長門 佐加利山城
2.8km 長門 前田御茶屋台場
3.5km 長門 火の山城
4.1km 長門 勝山御殿
4.2km 長門 青山城
4.2km 豊前 門司城
4.4km 長門 壇ノ浦台場
4.5km 長門 四王司山城
4.8km 長門 甲山城
5.1km 長門 幡生城
5.2km 豊前 東明寺城
5.2km 長門 且山城
5.8km 長門 亀山台場
6.0km 長門 南部山城
6.2km 豊前 三角山城
6.2km 豊前 金山城
6.3km 豊前 丸山城
7.1km 長門 三井館
7.5km 長門 稲積山城
8.6km 豊前 伊川城
8.8km 長門 清末陣屋
最終訪問日
2018年2月
TOP > > (長門国/山口県) > 櫛崎城