築城年代は定かではない。館主は日ノ沢氏で、建久2年(1191年)に南部光行が糠部へ入部したときにいち早く従った在地豪族であったという。
天正19年(1591年)九戸城主九戸政実が反乱を起こしたとき、南部信直の家臣として日ノ沢新助がいた。『往古御支配帳』には「日ノ沢館二百石 日ノ沢弥左衛門」と記されている。
寛永年間(1624年〜1644年)に南部氏が盛岡へ移ると日ノ沢氏もこれに従ったが、寛文4年(1664年)南部重直の死によって盛岡藩と八戸藩に分かれたとき、日ノ沢清包は八戸藩に仕えたという。
日ノ沢館は日ノ沢集落の南方、台地の東端に築かれている。 現在館跡は畑として開墾されているものの、西側には台地と切り離すように大堀切が残されている。
日ノ沢集落にあるバス停の所に案内板が設置されている。ここから南へ道なりに進むと一旦谷下へ下って向の台地へ登っていく道が付いている。この上が館跡。車は案内板の辺りに置いてくるのが良い。