築城年代は定かではない。 城主は吉見氏の一族岡氏で、御嶽城の支城として築かれたものだという。
徳永城は県道17号線と県道124号線の交差点の北西にある丘陵に築かれている。
「島根県遺跡データベース」では標高327mの地点を城跡としているのだが、現在石碑が建っているのは南西側の標高320m付近である。一応「島根県遺跡データベース」が示す地点も歩いてみたが、特に遺構らしきものは見あたらなかった。
徳永城は標高320m付近に築かれており、小さな社と石碑が建っている。日本城郭大系によれば、「4.5m×5.6m、7.9m×7.2m、8m×10.4mの三段よりなる」とあるが、これに該当する遺構はよくわからない。
現状、この石碑のある部分が小さく三段程になっているようには見える。北側は切岸にして大きく下がり、下方に浅い堀切がある。その北側は小さな自然地形であるが、北下と西下に浅い溝が付いている。ただこれは山道によるもののように思える。その北側には広い平坦面が開けているが、特に城郭遺構らしきものは見あたらない。
城山の南麓の県道124号線沿いに登山道入口の標識が建っており、その前に駐車場がある(地図)。特に道標はないが、踏み跡を良く見ながら登ればたどり着けるだろう。
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