元禄13年(1700年)江戸幕府によって築かれた。 この地はもともと中津藩小笠原氏八万石の領地であったが、三代小笠原長胤のとき過酷な年貢徴収などで領民が困窮する事態となり、幕府は長胤を小笠原一族の小倉藩にお預けとし、八万石のうち四万石を長胤の弟長円に与えて四代藩主とした。
五万石余りの天領は日田代官所の管轄となっていたが、永禄13年(1700年)四日市陣屋が築かれた。
四日市陣屋は宇佐市勤労青少年ホームの南側一帯に築かれていた。 テニスコートとなっている部分が陣屋跡で南側に陣屋門が現存しており、脇に四日市陣屋の石碑が建っている。
門(現存 城門)
国道10号線宇佐市西本町交差点の南東側にある。「さんさん館」の方に入って行くとテニスコートがあり、その南側に陣屋門がある。
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