信濃 鈴岡城しなの すずおかじょう

城郭放浪記


△トップに戻る

TOP > > (信濃国/長野県) > 鈴岡城
Tweet
信濃 鈴岡城の写真
掲載写真数
形態
平山城(490m/40m)
別 名
なし
文化財指定
県指定史跡
遺 構
土塁,郭,堀
城 主
小笠原氏
歴 史

築城年代は定かではないが、室町時代初期に小笠原貞宗の子宗政によって築かれたとも云われる。

小笠原氏は室町時代に府中松尾そして鈴岡の小笠原三家に分かれ、信濃守護および小笠原惣領職の座を争った。文安3年(1446年)惣領の小笠原宗康は弟の光康とともに小笠原持長と漆田原で戦って討死した。その子政秀は鈴岡城を拠点として伊賀良荘を領して勢力を維持し、松尾小笠原氏とは良好な関係にあったが、やがて伊賀良荘の領有を巡って松尾小笠原氏と対立することとなった。政秀は文明12年(1480年)諏訪氏と結んで松尾の小笠原家長を討ったが、明応2年(1493年)正月に家長の子貞基によって松尾城で子の長貞とともに暗殺され、鈴岡小笠原氏は滅亡した。

政秀の養子であった府中の小笠原長朝は、松尾城の小笠原貞基と幾度となく戦って甲斐へ追いやった。その後、松尾城に戻ってきていた貞基であったが、天文3年(1534年)に小笠原長棟に攻められ再び甲斐へ逃れた。その後、長棟の子小笠原信定が鈴岡城主となった。

信定は武田信玄が信濃に侵攻し、府中の小笠原長時が敗れた後も抵抗したが、天文23年(1554年)武田氏が伊那に侵攻すると敗れて京へ逃れた。

説 明

鈴岡城は天竜川によってできた河岸段丘の東端に築かれている。北の毛賀沢川を挟んで松尾城と相対する位置にあり、現在は両城ともに公園として整備されている。

鈴岡城は東端に本丸、西から南を囲むように空堀が巡りその外側に二の丸、本丸の北は空堀を挟んで出丸を配している。その外側にも外郭・本城と呼ばれる所があるが、この辺りは農地になっている。

案 内

国道151号線鈴岡公園入口交差点から県道444号線に入りしばらく行くと公園への入口がある。二の丸が駐車場になっている。

最寄り駅(直線距離)
1.2km 毛賀駅
1.5km 駄科駅
1.9km 伊那八幡駅
2.2km 時又駅
2.5km 鼎駅
所在地/地図
長野県飯田市駄科(鈴岡公園)
付近の城(直線距離)
0.3km 信濃 松尾城
1.7km 信濃 松尾館
2.2km 信濃 知久平城
2.4km 信濃 兎城
2.8km 信濃 小林城
2.9km 信濃 虎岩城
3.1km 信濃 飯田城
3.2km 信濃 愛宕城
3.5km 信濃 龍江城山城
3.5km 信濃 北原城
4.3km 信濃 原ノ城
4.5km 信濃 富田城
4.6km 信濃 伊久間城
4.6km 信濃 飯沼城
4.8km 信濃 久米ヶ城
4.9km 信濃 神之峰城
5.1km 信濃 伊豆木城
5.1km 信濃 三ツ山茶臼山城
5.1km 信濃 今宮城
5.1km 信濃 伊豆木陣屋
5.3km 信濃 桜山城
5.4km 信濃 麦種城
5.7km 信濃 鶯ヶ城
5.9km 信濃 切石城
最終訪問日
2011年4月
TOP > > (信濃国/長野県) > 鈴岡城