築城年代は定かではないが鎌倉時代初期に片田八郎義隆によって築かれたと伝えられる。義隆は那須資隆の八男で仁治年間(1240年〜1243年)に片平城を築いて移り、片平氏の祖となった。
明応年間(1492年〜1501年)大関宗増が八幡館より移り、子の増次の時に白旗城を修復して移ったとされる。大関氏の詳細は黒羽城を参照。
大関城は那珂川の東岸の河岸段丘の平地に築かれている。
西側は那珂川に隣接し、残り三方に土塁と堀を巡らせたやや南北に長い長方形の主郭があり、周囲に家臣団の屋敷を配して複郭であったという。
県道298号線と県道343号線の交差点付近にある片田小学校から、県道298号線沿いに南下していくと、西側の集落内に土塁が見える。