播磨 長砂構居はりま ながすなかまい
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文明年間(1469年~1487年)に長砂左衛門尉によって築かれたのが始まりとされる。
天正年間(1573年~1592年)頃には三木城別所氏の家臣越生市右衛門が居たが、三木合戦で滅ぼされたという。
長砂構居は現在の長砂八幡宮境内の地に築かれていたという。広くはないが、境内が周辺より一段小高くなっており、境内に案内板が設置されている。