備後 尾関山城びんご おぜきやまじょう

城郭放浪記


△トップに戻る

TOP > > (備後国/広島県) > 尾関山城
Tweet
備後 尾関山城の写真
掲載写真数
形態
丘城(202m/50m)
別 名
積山城,小丸積山城,三次城
文化財指定
なし/不明
遺 構
石垣,郭
城 主
上里守光,尾関正勝,浅野長治,浅野長照,浅野長澄,浅野長経,浅野長寔
歴 史

築城年代は沙汰かではないが三吉氏によって築かれたと云われる。 三吉氏は比熊山城の出城として積山城を築き、家臣の上里越後守守光に守らせた。

慶長5年(1600年)関ヶ原合戦の後、安芸国広島に入封した福島正則は重臣尾関石見守正勝に二万石を与え三次城主とした。この尾関氏にちなんで尾関山と呼ばれるようになった。

元和5年(1619年)福島正則は改易となり、紀伊国和歌山から浅野長晟が広島へ入封する。

寛永9年(1632年)浅野長晟が没して嫡男浅野光晟が家督を継ぐと、長晟の庶長子であった浅野長治に五万石が分知され三次藩を立藩し、尾関山に下屋敷を構えた。この長治の娘が赤穂浪士で著名な、赤穂藩主浅野内匠頭長矩の正室阿久利(里)である。

三次藩浅野家は長治、長照、長澄、長経、長寔と五代続いたが、享保5年(1720年)長寔が夭折し三次藩は廃藩となった。

説 明

尾関山城は可愛川(江の川)に面した比高50m程の丘陵に築かれていた。 現在は尾関山公園として整備されている。

尾関山城は尾関山公園となっており、遊歩道が付くなど多少改変されているようだが、曲輪跡と思われる平段の形状は割と良く残っている。山頂の展望台がある所が浅野時代に発蒙閣が建てられた所で、その下の石見台と呼ばれる平段が本丸とされる。土塁や掘などは見あたらないが、石垣跡らしきものは少し残っている。

尾関正勝の墓が北東にある西江寺(地図)に残っている。写真は比熊山城を参照。

案 内

尾関山駅の北西の丘陵が尾関山城で、北側の国道375号線沿いに駐車場がある。駐車場から遊歩道の入口に阿久里姫の像がある。国道を挟んで北東側にある鳳源寺が三次浅野氏の菩提寺である。

最寄り駅(直線距離)
0.2km 尾関山駅
1.7km 西三次駅
1.9km 三次駅
2.5km 粟屋駅
3.8km 八次駅
所在地/地図
広島県三次市三次町(尾関山公園)
付近の城(直線距離)
0.5km 備後 三次城
0.7km 備後 比熊山城
1.6km 安芸 重広城
2.3km 備後 淀山城
2.3km 備後 福谷山城
2.7km 備後 沼山城
3.2km 備後 亀山城(三次市)
3.3km 備後 末元城
3.5km 備後 三段田城
3.7km 安芸 浅原城
3.7km 備後 寄貞城
3.8km 安芸 平家ヶ城
4.2km 備後 比叡尾山城
4.8km 備後 井上土居屋敷
5.2km 安芸 茶臼城(粟屋町)
5.5km 安芸 勝山城(粟屋町)
5.6km 備後 久光城
6.0km 安芸 加井妻城
6.1km 備後 ハチが檀城
6.8km 備後 高杉城
6.9km 安芸 猿ヶ城
6.9km 備後 陣山城(向江田町)
7.0km 備後 国広山城
7.1km 備後 南山城(和知町)
最終訪問日
2012年10月
TOP > > (備後国/広島県) > 尾関山城