備後 比熊山城びんご ひぐまやまじょう

城郭放浪記


△トップに戻る

TOP > > (備後国/広島県) > 比熊山城
Tweet
備後 比熊山城の写真
掲載写真数
形態
山城(332m/170m)
別 名
飛熊山城,日熊山城
文化財指定
なし/不明
遺 構
石垣,土塁,郭,堀,井戸
城 主
三吉広高
歴 史

天正19年(1591年)三吉広高によって築かれたと云われる。 鎌倉時代より比叡尾山城を築いて代々続いていた三吉氏は、三吉広高のとき比熊山城を築いて居城を移した。

関ヶ原合戦で敗れた毛利氏は防長二カ国に減封となると、三吉広高は浪人となって京へ上った。しばらくして三次に戻って三勝寺に宿泊したとき、旧城主の落ちぶれた姿に百姓たちが土産を持って寺に集まったといい、これに同情した浅野長晟は二百石の扶持を宛がったという。

説 明

比熊山城は尾関山公園の北に聳える標高331.9mの山に築かれている。 戦国時代末期に築城され、未完成のまま廃城となったと推測されており、貴重な山城である。主郭部の櫓台や大土塁、西端にある畝状竪堀群、外桝形状の虎口などが見所である。

山の上は比較的高低差の少ない地形で、東西約400m、南北約300m程の規模である。 主郭は南側尾根の中央にあり、一段小高く南西隅に大きな櫓台、東端には大土塁が付いている。主郭から東へ続く尾根には階段状に曲輪が連なり石積が残る。この東端部の南側に外桝形の虎口が付いている。

虎口から東側に降ると東端の曲輪群があり、南北に伸びた曲輪は北端に土塁が付き、西に虎口を開く。現在の登山道はこの曲輪の南端に登ってくるルートである。

主郭の西側には北曲輪と繋ぐ広大な曲輪があり、西から南側に土塁が付いている。北曲輪は東西に長い曲輪群で、中央が土塁がついてやや高くなっているものの、高低差は少ない。西端から南に掛けて外側に土塁が付き、内側が一段小高く武者走りとなっている。西尾根にはさほど大きくない堀切があり、北と南に長大な竪堀として伸びている。この竪堀から東の内側に掛けて畝状竪堀群があり、その下方にも東西に伸びた空堀が付いている。

東麓の西江寺には三吉広高と尾関山城主の尾関正勝の墓がある。大きな五輪塔などが沢山あり分からなかったので寺の人に聞いた所、朱塗の御堂の脇にある五輪塔と宝篋印塔がくっついたような墓が三吉広高、その先から少し登って右側にある同じような墓が尾関正勝の墓と伝えられているようである。

案 内

南麓にある尾関山公園(尾関山城)の北側の駐車場に縄張図入りの案内板が建っている。登山道は向かいの鳳源寺から付いている。

前回は麓から登ったのだが今回は北側に付いている林道側からアクセスした。林道はほぼ舗装された道で道幅は十分であるが両側から草木が伸びておりこすりながら登っていく。城の北西側で林道が二俣に分かれ、分岐点の西側から見上げると西端の竪堀が見える。分岐点の手前に駐車できるスペースがある。(林道の終点)

最寄り駅(直線距離)
0.9km 尾関山駅
2.4km 西三次駅
2.5km 三次駅
2.6km 粟屋駅
4.1km 八次駅
所在地/地図
広島県三次市三次町上里
付近の城(直線距離)
0.7km 備後 尾関山城
1.0km 備後 三次城
2.2km 備後 淀山城
2.3km 安芸 重広城
2.4km 備後 福谷山城
2.6km 備後 亀山城(三次市)
3.4km 備後 沼山城
4.0km 備後 末元城
4.2km 備後 三段田城
4.3km 備後 比叡尾山城
4.4km 安芸 浅原城
4.4km 備後 寄貞城
4.4km 安芸 平家ヶ城
5.0km 備後 井上土居屋敷
5.4km 備後 久光城
5.8km 安芸 茶臼城(粟屋町)
6.1km 安芸 勝山城(粟屋町)
6.3km 備後 ハチが檀城
6.6km 安芸 加井妻城
6.9km 安芸 猿ヶ城
6.9km 備後 大城山城
6.9km 備後 姫ヶ嶽城
6.9km 備後 狐城(布野町)
7.1km 備後 国広山城
最終訪問日
2017年3月
TOP > > (備後国/広島県) > 比熊山城