阿波 市楽城あわ いちらくじょう
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城主は石川六之進(源吉武)で、天正10年(1582年)中富川の合戦で討死したという。
市楽城の位置ははっきりしない。『阿波志』に「一楽村に在り祠在り石川権現と称す」とあり、石川氏の墓が残されていたようであるが、『徳島県の中世城館』では所在不明という。
石川神社には弘安7年(1285年)から貞治6年(1367年)銘までの5基の板碑群があり、市楽の板碑群として県指定文化財となっている。