詳細不明。『海田町史 資料編』に以前安井某が住んでおり、近年豊前中津藩士が安井城がどこにあったのか訪ねてきたといったことを記している。
安井城は国信背後の山に築かれていたという。
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』では標高219.8mの三角点のあるところを主郭として南東の一段小高い峰の部分までを城域として図化しているが、現状では明確な城郭遺構は認められない。
主郭とする三角点のあるところは鉄塔があるが、もともと尾根上に立てていた鉄塔をずらして立て直しているようである。南背後は緩やかで、北側も鉄塔整備による改変しか確認できない。南東のピークはややこんもりとした形状をしているが自然地形のようで、周囲に尾根を遮断するような遺構も確認できない。微地形表現図で周辺を確認してみたがこれといった場所は特定できていない。
『海田町史 資料編』にある海田町所在遺跡分布図にはこれと異なる位置が示されているが、その場所は2号線バイパスで消滅してしまっているかもしれない。ただ、同図にある稲葉城(宗像八幡城)は間違っているので、この地図の位置が正しいのかも疑問が残る。
宗像八幡城からそのまま尾根伝いに登っていける。鉄塔があるので尾根道は歩きやすい。
最寄り駅(直線距離)