詳細不明。『芸藩通志』では「鳥越山 掛山 枕山 陣丸 並に同村(中野村)にあり、是皆鳥籠山の属城にて、阿曽沼一族の守りし所なるべけれど、名を傳えず、以下城名のみ挙るは、みな主名を失ふとしるべし、」とあり阿曽沼氏の属城とする。
陣丸城は中野東駅の北西にある無線塔のある尾根に築かれていたという。
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』には無線塔のある部分を最下段として、それより高い所に五ヶ所の曲輪を描いているが、城郭遺構は認められない。
無線塔より一段高い部分は加工が認められるが城郭遺構ではない。それより上は自然地形、無線塔のある部分は尾根を削り込んで削平してあるので旧状は不明であるが、背後が高くなるため、この部分に大きな堀がなければ独立した曲輪とはならないが堀の痕跡は認められない。したがってこの部分にも城郭遺構があったとは考えられない。
微地形表現図で周辺を調べたところ近接する北東尾根に(仮称)井原城とした城郭遺構を確認した。『芸藩通志』の絵図に陣丸城の位置が記されているが、細かな位置を把握できるような図ではないので、この井原城が陣丸城の可能性が考えられる。
中野東駅から蓮華山への登山道がこの尾根を通る。登山道入口は南の谷筋の一番奥である。
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