保元元年(1156年)頃に中村朝宗によって築かれたと云われる。中村朝宗は後に源頼朝による奥州征伐に従軍して戦功を挙げ、伊達郡を賜り伊達氏の祖となった。
中村城は三男の資綱が相続したといい、その子孫はやがて宇都宮氏の家臣となっていった。天文13年(1544年)中村玄角のとき、下館城主水谷政村によって攻められ落城した。
中村城は現在遍照寺の境内となっている。
城の規模は東西191m、南北182mといわれ、四方に堀と土塁を巡らせていた。現状南東側の堀は消滅しているようであるが、他はきれいに現存しており、北は二重土塁になっている。
遍照寺に駐車可能。
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