元禄12年(1699年)宇津教信によって築かれた。 教信は小田原藩主大久保忠朝の三男で、小田原藩の飛領地である下野国芳賀郡内の四千石を分地され宇津氏を名乗り旗本となった。
当初四千石とされた土地は100年後には土地が荒れ一千石にも満たない領地となり、その土地を復興するために抜擢され赴任してのが二宮尊徳である。
現在桜町陣屋跡は国指定史跡として整備され、二宮尊徳住んだという建物が現存する他、周囲には土塁と堀が復元(一部は残存か)されている。
隣には二宮尊徳を祀った二宮神社があり、資料館も併設されている。旧二宮町の名の由来はこの二宮尊徳にある。