掲載写真数
形態
平山城(70m/65m)
別 名
錦城
文化財指定
市指定史跡
遺 構
土塁,郭
城 主
加納一門,朝倉氏,柴田氏,溝口秀勝,山口玄蕃,前田氏
歴 史
築城年代は定かではないが鎌倉時代に築かれた。
現在の縄張になったのは、天正11年(1583年)に四万四千石で入封した溝口秀勝の頃という。
慶長3年(1598年)秀勝は
越後国新発田に移封となり、替わって小早川秀秋の家臣山口玄蕃が入封した。
関ヶ原合戦で豊臣方に付いた玄蕃は徳川方の前田利長に二万五千もの大軍で攻められ、一日にして落城した。
その後、一度修復されたものの元和の一国一城令で廃城となった。
寛永16年(1639年)3代加賀藩主前田利常の子利治に七万石を分地して、大聖寺藩が興された。
大聖寺藩は大聖寺城を使用せず、東麓に館を構えた。
説 明
池を取り囲むように本丸、二の丸、西の丸が配置されている。
本丸には山口玄蕃の石碑が建ち、背後には土塁から続く櫓台のような高まりがある。
鐘ヶ丸は前田利長による攻城戦で一番の激戦が行われた所といわれ、西面に土塁が残る。
この鐘ヶ丸と本丸の間は、鐘ヶ丸から突き出た土塁と本丸の切岸で鉤型を形成し虎口のようになっている。
大聖寺藩の遺構として長流亭が現存している。
長流亭(現存 茶亭)
所在地: 長流亭(石川県加賀市大聖寺八間道)
宝永6年(1709年)3代藩主前田利直の休憩所として建てられた。
国指定重要文化財
案 内
東麓の錦城公園から遊歩道が整備されている最寄り駅(直線距離)
1.2km 大聖寺駅
4.4km 加賀温泉駅
5.7km 牛ノ谷駅
7.5km 動橋駅
8.4km 細呂木駅
所在地/地図
最終訪問日
2007年4月