出雲 松江城いずも まつえじょう

城郭放浪記


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出雲 松江城の写真
掲載写真数
形態
平山城(25m/20m)
別 名
千鳥城
文化財指定
国指定史跡
遺 構
天守,石垣,土塁,郭,堀,井戸
城 主
堀尾忠晴,京極忠高,松平直政,松平綱隆,松平綱近,松平吉透,松平宣維,松平宗衍,松平治郷,松平斉恒,松平斉貴,松平定安
歴 史

慶長12年(1607年)堀尾吉晴と孫の忠晴によって築かれた。

慶長5年(1600年)関ヶ原合戦の功により堀尾忠氏が遠江国浜松から出雲二十四万石に加増転封となると富田城を居城とした。慶長9年(1604年)忠氏が急死すると忠氏の嫡男忠晴がまだ幼小であったため忠氏の父吉晴が後見人を務めた。

慶長12年(1607年)堀尾氏は松江城を築城して富田城より居城を移したが、寛永10年(1633年)堀尾忠晴は嫡子なく没ししたため堀尾氏は断絶となった。

寛永11年(1634年)若狭国小浜より京極忠高が二十四万石で入封するが、寛永14年(1637年)忠高も嫡子なく没して京極氏は断絶となる。

寛永15年(1638年)信濃国松本より(越前家)松平直政が十八万六千石で松江に入封、幕府から隠岐領一万八千石を預かった。寛文6年(1666年)直政が没すると嫡男綱隆が家督を相続、このとき弟近栄に三万石を分知して広瀬藩、同じく弟隆政に一万石を分知して母里藩となった。

元禄14年(1701年)三代綱近は新墾田一万石を弟近憲に分知して松江新田藩を立藩した。 しかし、綱代の男子がすべて早世したため、近憲は兄綱代の養子となって四代吉透となったため、新田一万石も本藩に還付された。以後、松平越前家が代々続いて明治に至る。

説 明

松江城は山陰で唯一天守が現存する近世平山城である。二の丸には南櫓、中櫓、太鼓櫓の三基の櫓が復元され、内堀越しに見る眺めはすばらしい。

本丸の東よりに天守があり、南に二の丸、東下に二の丸下ノ段、南の県庁のある所が三の丸、北の護国神社のある所が北の丸である。

天守の写真

天守(現存 天守)


所在地: 城内本丸
四重五階地下一階 望楼型
慶長16年(1611年)
国指定重要文化財

南櫓の写真

南櫓(復元 櫓)


所在地: 城内二の丸
二重二階 入母屋造 本瓦葺き

中櫓の写真

中櫓(復元 櫓)


所在地: 城内二の丸
平櫓 入母屋造 本瓦葺き

太鼓櫓の写真

太鼓櫓(復元 櫓)


所在地: 城内二の丸
平櫓 入母屋造 本瓦葺き

案 内

駐車場は大手門脇に有料駐車場、南の島根県庁にも休日は駐車可能なようである。本丸までは無料で入城可能で、天守のみ有料。

本丸へは時期によって開館時間が異なり、4月〜9月が7:00〜19:30、10月〜3月が8:30〜17:00、天守は4月〜9月が8:30〜18:00、10月〜3月が8:30〜16:30となっている(2015年3月時点)。

最寄り駅(直線距離)
1.0km 松江しんじ湖温泉駅
1.7km 松江駅
3.2km 乃木駅
4.3km 松江イングリッシュガーデン前駅
5.7km 朝日ヶ丘駅
所在地/地図
島根県松江市殿町
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最終訪問日
2018年5月
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