築城年代は定かではない。永禄11年(1568年)に古処山城の秋月氏に味方した毛利の家臣、井上元継と佐藤元実らが茅城を普請して守りを固めたという。
茅城は馬見山山頂から西へ800m程、標高約790mの所に築かれている。
主郭と西尾根にある二郭の二つの曲輪群から成る山城で、東尾根は深い三重堀切で遮断している。曲輪はきれいに造成されており、東尾根の三重堀切は深く鋭い堀切で見応えがある。
主郭は東西に長く五段の平段があり、東西二つが小高く中央の低い段で繋がっている。曲輪の一部に低い石積か列石があり、曲輪はきれいに削平されている。
主郭から西へ降りた所に二郭があり、中央が一段高く、東西両側に一段低い削平地が付いている。西尾根は堀切がなく、東下は堀切状の鞍部になっている。