大谷城は標高261.8mの山に築かれている。
山の北側が土取によって消滅しており、現在は砕石は行われていないようであるが、先行図面よりもさらに崩落が進んでおり、山頂部は現在でも自然崩落によって遺構が失われているのかもしれない。
山頂部西側にある最高所が主郭Iで現代瓦が落ちていたり、石製のベンチなどかあり神社か何かが建っていたようである。東はやや低い曲輪IIIを挟んで曲輪IIがあり、東端は土塁囲みになった曲輪IVがある。
現在曲輪IVに登る道がつけられているが後世の改変である。
主郭Iと曲輪IIIの間に切れ込みがあり、現状では北側が崩落して堀状になっているが、もともとは池のような窪地であったようである。
主郭から南へ続く尾根は二重堀切4であるが、東へ伸びる竪堀は1条しかなく変則的な堀切である。
曲輪IIの南尾根は先行図では堀切であるが、現状では植林に伴う段が構築され西側の竪堀しか確認できない。
東へ伸びる尾根から北側にかけて畝状竪堀群2がある。曲輪IVに続く山道が破壊道としてつけられているので錯乱があるが、東側面は横堀で一部の竪堀は横堀と結合、一部は外側を起点として伸びている。
北側面の竪堀群は中央に一条深く長いものがあり、登道に関連するものかもしれない。
南西の谷の入口に大谷砂留の見学案内があり、駐車場もある。ここから林道を少し登った先にある谷筋を登る。
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