掲載写真数
形態
山城(150m/130m)
別 名
なし
文化財指定
なし/不明
遺 構
郭,堀
城 主
宿南氏
歴 史
築城年代は定かではないが南北朝時代に宿南氏によって築かれたと云われる。
宿南氏は
八木城主八木高吉の子能直が宿南庄の地頭となり後に宿南氏と改称したことに始まる。
天正5年(1577年)羽柴秀長の軍勢による但馬侵攻に対抗して周辺の豪族を集め、小田野にて迎撃するが破れ宿南信久は光明寺にて自刃した。
説 明
前回訪れた時は登山口を探している途中で降雨の為に断念。
今回も登山口がわからず地元の方に聞いてやっと登ることができた。
城は田中神社の南側の山頂にあり、山頂付近の地形に沿って丁字を右に90度傾けたように曲輪がならんでいる。
堀切らしき所も若干見られるが明確ではない。
田中神社とその東側にある民家辺りが屋敷跡だといわれる。
案 内
国道327号線から三谷川に沿って延びる市道を進むと案内板が設置されている。また、城址主郭の東側にも縄張図入りの案内板がある。
登山口は案内板の右手の道を山へと進むと一旦右に曲がって左に折れ民家へと続く。この赤い屋根瓦の民家の奥にある。
私有地を通らざるを得ないようなので地元の人の案内を仰ぐのが良いだろう。最寄り駅(直線距離)
2.2km 八鹿駅
4.0km 江原駅
7.2km 国府駅
7.6km 養父駅
所在地/地図
最終訪問日
2007年9月