信濃 矢沢仙石氏館しなの やざわせんごくしやかた
△トップに戻る
寛文9年(1669年)上田藩二代藩主仙石政俊が隠居したとき、弟政勝に二千石を分与した。これによって仙石政勝は旗本となり、知行地の矢沢に館を構えた。政勝は旗本として江戸に居たことからこの地は代官を置いて管理した。
上田藩仙石氏は三代政明のときに但馬国出石へ転封となっているが、この旗本仙石氏は明治まで代々続いている。
矢沢の仙石氏館は現在個人宅となっているが、石垣などは今も変わらず利用されているようである。正面から左折れで入って行くスロープがあり、その脇には隅櫓を思わせる蔵がある。