築城年代は定かではない。明徳年間(1390年~1394年)に赤松治部少輔教弘によって築かれたとも云われる。
その後は赤松氏の一族肥塚氏などが城主となっていた。
梶山城は現在の揖保川と林田川が合流するあたり、北へ伸びた丘陵の先端頂部に築かれている。
東端最高所が主郭で肥塚氏の子孫が建立した石碑が建っている。山頂部は東西二段で段差は小さく緩やかに傾斜している。
東端の主郭から北へ伸びる尾根に四段ほどの曲輪群III、曲輪IIから北へ伸びた尾根に五段ほどの曲輪群IVが確認できる。
各尾根先、南東背後の鞍部側も自然地形に近く、堀は見当たらない。
県道沿いに登口の石碑があり、そこから鞍部経由で主郭まで登る事ができる。
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