出羽松山藩は庄内藩主初代酒井忠勝の三男忠恒が二万石を分知されたことに始まる。
三代藩主酒井忠休は若年寄を務めたことから五千石を加増され、さらに城主格を与えられた。これによって陣屋を城に改修することとなった。以後、酒井氏が代々続いて明治に至る。
松山城は現在の松山歴史公園一帯に築かれていた。公園内に残る櫓門が唯一現存する大手櫓門で、その西には馬出し土塁が復元されている。
現存する遺構は松山城址館の北にある本丸土塁と南の内町にある十三間濠である。
大手門(現存 櫓門)
松山歴史公園に駐車場がある。
最寄り駅(直線距離)