築城年代は定かではないが溝口氏によって築かれたと云われる。 溝口氏の出自については定かではなく、宇都宮氏または少弐氏に由来するとも云われる。
溝口氏は筑後十五城の一人に数えられ、天正年間(1573年〜1592年)の溝口常陸介は五百町を領した。
溝口城は矢部川の北岸の溝口集落にあったとされるが、度重なる河川の氾濫などによって明確な位置は定かではない。
集落の東側にある竈門神社(かまどじんじゃ)は城の馬場と伝えられている。 毎年敬老の日に行われる千燈明では溝口城の楼閣が蝋燭の火で浮かび上がるという。