築城年代は定かではないが天正年間(1573年〜1592年)初期に川島兵衛進惟忠によって築かれたと云われる。 川島氏は三好長慶の甥にあたり二百貫を知行していたが、天正7年(1579年)川島惟忠は脇城外の戦いで討死した。
天正13年(1585年)阿波国に蜂須賀家政が入封すると、川島城には林能勝(道感)が兵300、五千五百石で入城し阿波九城の一つとされた。
川島城は吉野川に面した城山に築かれていた。 西端の岩の鼻と呼ばれる岩山の高台が本丸で、東下に二の丸、三ノ丸が築かれていた。
本丸は岩山が削られたためか狭く展望台になっている。二の丸・三の丸辺りには真福寺や川島神社、そして模擬天守が建っている。
天守(模擬 天守)