承久の乱の功により安芸國三入荘の地頭職を得た熊谷氏が13世紀前半に築いたといわれる。
熊谷氏は戦国期に入り次第に勢力を増し高松山城に拠点を移すまで拠点としていた。 高松山城に移してからも隠居所として使用されていたと伝わる。
伊勢が坪城は根の谷川に面した比高36m程の丘陵に築かれており、現在は公園として整備されている。
大林八幡宮の南背後、東西に伸びた丘陵にあり、東端の主郭Iから西に向かって曲輪II、IIIと連なる。
主郭北東端には井戸とされる大きな穴が空いているが、本当に井戸なのか少し疑問がある。東背後は車道が貫通しているが、もともとは堀切であったようだ。西の尾根先には現在も三条の堀切が残る。
大林八幡宮を目指していけば良い。北麓に案内板があり、登口は東の鞍部にある。少し登った所に余白があり駐車可能。
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