築城年代は定かではない。
城主は蚊居田氏(改田氏)であるが出自は定かではない。蚊居田氏は長宗我部兼序の妹を娶っていたという。
長宗我部元親の時代の当主は蚊居田修理で、後に浦戸の奉行となった。
蚊居田土居城は三和小学校の南の平地に築かれていた。現在周囲は水田となっているが、県道脇に方形の土地が残り、その北西隅に城八幡が祀られている。この方形の地がそのまま城郭の跡であるかどうかはわからないが、北側には土塁とみられる土盛がある。
三和小学校を目指す。三和小学校の東側の県道45号線を南下すると西側に標柱が建っている。
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