駿河 興津館するが おきつやかた
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興津氏の居館といい、延文年間(1356年〜1361年)興津美作守の時に横山城に居城を移した。
宗徳院一帯が興津館跡とされるが遺構は残っていない。この辺りは南の海に向かって開いた谷間に立地する。館跡は「古御館(ふるみたち)」と呼ばれており、周囲には「会下向」・「浅間前」・「西浅間」・「東浅間」・「山田」・「焼山」・「明神下」などの地名が残る。