相模 小田原城さがみ おだわらじょう

城郭放浪記


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相模 小田原城の写真
掲載写真数
形態
平山城
別 名
なし
文化財指定
国指定史跡
遺 構
石垣,土塁,郭,堀
城 主
小早川氏,大森氏,北条氏,大久保氏,阿部氏,稲葉氏,大久保氏
歴 史

築城年代は定かではないが鎌倉時代初期に土肥遠平が小早川氏を称して築いた館が始まりと言われる。

応永24年(1417年)大森頼春が上杉禅秀の乱での功によって小田原を与えられ本格的に築城する。 明応4年(1495年)伊豆一国を手中に治めた伊勢早雲は鹿狩りと偽り箱根に兵を進め突如小田原城を襲い乗っ取った。 小田原城を手に入れた早雲は城を拡張し以後、北条氏綱・氏康・氏政とその都度拡張し最盛期には城下をとりまく9kmにも及ぶ総構えをしていた。 しかし、天正18年(1590年)豊臣秀吉によって総勢21万にも及ぶ大軍に囲まれ篭城するも開城しここに北条氏は滅んだ。

その後は大久保忠世が城主となるが忠隣のとき改易され阿部正勝、稲葉正勝が入城する。 貞永9年(1632年)大久保忠朝が復帰し以後明治まで至る。

説 明

現在は近世時代の天守が復元されているが何故か本丸に象がいる...。 また、中世小田原城の遺構として八幡山にある旧本丸は城山公園となっており近くに大空堀が残っている。

銅門の写真

銅門(復元 櫓門)


所在地: 城内二の丸
明治5年(1872年)破却、平成9年(1997年)再建

天守の写真

天守(復興 天守)


所在地: 城内本丸
三重四階 層塔型
昭和35年(1960年)再建

常盤木門の写真

常盤木門(復興 櫓門)


所在地: 城内本丸
江戸初期
元禄16年(1703年)地震で崩壊、宝永3年(1706年)桝形門として再建
明治3年(1870年)破却、昭和46年(1971年)再建

二の丸隅櫓の写真

二の丸隅櫓(復興 櫓)


所在地: 城内二の丸
大正12年(1923年)関東大震災により崩壊、昭和9年(1934年)再建
江戸時代のものより一回り小振り

案 内
最寄り駅(直線距離)
0.6km 小田原駅
0.6km 小田原駅
0.7km 小田原駅
1.0km 箱根板橋駅
1.0km 緑町駅
所在地/地図
神奈川県小田原市城内
付近の城(直線距離)
1.6km 相模 富士山陣城
2.1km 相模 今井陣場
2.7km 相模 北条幻庵居館
2.9km 相模 石垣山城
4.7km 相模 畑ノ平囲郭
5.0km 相模 沼田城
5.1km 相模 下堀城(小田原市)
5.1km 相模 塔の峯城
5.7km 相模 湯坂城
5.9km 相模 根府川要害
6.0km 相模 岩原城
6.5km 相模 和田屋敷(小田原市)
6.9km 相模 曽我城
8.0km 相模 御所山城
9.4km 相模 鷹巣山城
最終訪問日
2005年10月
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