尾張 竹腰城おわり たけのこしじょう
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慶長年間(1596年〜1615年)に祖父江大膳信勝によって築かれたと云われる。 信勝は関ヶ原合戦で福島正則に従って戦功を挙げ、その恩賞として竹腰の地を与えられ築城したのが竹腰城という。しかし、慶長19年(1614年)大坂冬の陣で大坂方に通じた疑いでお家断絶となり、廃城となった。
「市内で最も保存状態が良い」と書かれた看板が建っているが、周囲よりやや高い微高地であるだけで遺構らしきものは見あたらないが、礎石が出土したという。規模は一町(約110m)四方という。