尾張 長束正家邸おわり なつかまさいえてい
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長束(なつか/ながつか)正家の屋敷とされる。長束正家は水口盛里の長男として近江国栗太郡長束村に生まれたと云われるが、尾張出自説もある。
長束正家は羽柴秀吉に仕えて五奉行の一人となり、近江国水口岡山城主として五万石、のちに十二万石を領した。関ヶ原合戦で西軍に属して水口岡山城まで逃げ帰ったものの捕らえられ、切腹して果てた。
県道136号線から北へ少し入った所に石碑が建っている。近くの道路沿いには「長束正家奉賛会 夏まつり」の幟が並んでいた。