秀吉に仕えて肥後国熊本城主となった加藤清正の出生の地と伝えられる。 加藤氏は藤原北家道長流で美濃へ下向し、祖父のときに尾張国愛知郡中村に移住したとされるが詳らかではない。
清正の父は加藤清忠、母は秀吉の母大政所の従姉妹であったと伝えられるが、秀吉との姻戚関係は詳らかではない。 天正元年(1573年)近江国長浜城主であった羽柴秀吉に小姓として仕え、天正16年(1588年)には肥後国北半国の領主として熊本城主となっている。
清正屋敷は現在の妙行寺にあったという。慶長15年(1610年)加藤清正は名古屋城築城のとき、余った木材を利用して自分の誕生した地に妙行寺を再建したと伝えられる。
現在境内には加藤清正誕生之碑とともに清正像が建っている。
中村公園の南東の区画にある妙行寺、道路を挟んだ南側に駐車場がある。
最寄り駅(直線距離)