築城年代は定かではない。古く根来寺系の山岳寺院宝光寺があった場所で、南北朝時代に南朝方がここに籠もったと云われる。
篠ヶ城は大旗山(揚柳山)山頂を中心とした広域に曲輪が点在している。 『【図解】近畿の城郭』に収録されている縄張図に掲載されていないが、鉄塔が建つ北西の峰もにも西や北などに堀切があり、この峰も曲輪であったようだ。
遺構全体としては主郭を中心とする曲輪群はまとまった感があるが、外側の峰に築かれた曲輪は独立している。図に掲載されている曲輪vやviは堀切はないのだが、図面から漏れた曲輪viの西の峰には北と西に堀切がある。この峰の南の谷(曲輪vii)が宝光寺跡のようで、石積された平段が多数残されている。
西の観音寺に駐車可能で、そこから登山道が整備されている。
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