伊勢 田辺城いせ たなべじょう

城郭放浪記


△トップに戻る

TOP > > (伊勢国/三重県) > 田辺城
Tweet
伊勢 田辺城の写真
掲載写真数
形態
平山城(240m/40m)
別 名
なし
文化財指定
市指定史跡
遺 構
土塁,郭,堀
城 主
木造氏
歴 史

天正14年(1586年)木造長政によって築かれたと云われる。

木造氏は伊勢国司北畠一族で木造城主であったが、木造具政のとき織田信長に通じて伊勢侵攻に加担し、北畠の養子となった織田信雄に仕えた。

信長の死後、織田信雄と羽柴秀吉が対立し小牧・長久手合戦へと発展すると戸木城に籠城して秀吉方の蒲生氏郷の攻撃を受けたが、小牧・長久手合戦の和議が整うと開城し退去した。

天正14年(1586年)木造長政は織田信雄から10274貫の所領を員弁郡に宛行われ居城として築いたのが田辺城であった。長政は織田信雄が秀吉によって改易されると、織田秀信に仕えて岐阜へ移るが、関ヶ原合戦で西軍に与して改易となり、福島正則に仕えて広島へ移った。

説 明

田辺城は田切川と二之瀬川の間を南北に伸びた丘陵に築かれている。

田辺城の主郭は高土塁と深い空堀で囲まれた方形の曲輪で、北を除く三方に虎口が開口する。南西側にあるのか二郭とされ、ここも南側に虎口があり、現在その先に模擬門が作られている。

主郭から西へ伸びた尾根先に土塁と空堀で区画された曲輪IIIがある。さらに主郭から北へ伸びた台地の上には土塁と溝で区画された屋敷跡とされる遺構が残されていたが、この部分は道路建設によって多くが消滅するようで、訪れたときには道路西側はほぼ整地されていた。

案 内

南側にある「和デイサービスいなべ」の敷地から模擬門を経由して入るのが一般的。たまたま職員の方がいたのでお断りして駐車させていただいたが、下にある墓地の辺りにも空き地があり駐車可能である。

最寄り駅(直線距離)
5.2km 西野尻駅
5.3km 西藤原駅
6.1km 阿下喜駅
6.3km 東藤原駅
6.8km 美濃津屋駅
主な参考文献
三重の山城ベスト50を歩く
現地案内板
北勢町史
中部地方の中世城館 <5> 愛知2・三重(東洋書林)(三重の中世城館)
日本城郭大系〈第10巻〉三重・奈良・和歌山(新人物往来社)
所在地/地図
三重県いなべ市北勢町田辺字北山
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
付近の城(直線距離)
2.9km 伊勢 向平城
3.1km 伊勢 下平城
3.9km 伊勢 白瀬城
5.0km 伊勢 山口城
5.3km 伊勢 野尻城
5.4km 伊勢 上平野城
5.9km 伊勢 上木城
7.1km 美濃 駒野城
7.1km 美濃 津屋城
7.2km 美濃 駒野館
7.7km 美濃 臥竜山城
7.7km 伊勢 麻生田城
8.0km 伊勢 中山城
8.1km 伊勢 治田城
9.4km 伊勢 上笠田城
9.9km 美濃 根古地城
最終訪問日
2021年2月
TOP > > (伊勢国/三重県) > 田辺城