築城年代は定かではないが佐竹義茂によって築かれたと云われる。 承久の乱の功として四代佐竹秀義の子義茂に南酒出の地が与えられた。この義茂が南酒出城を築き南酒出氏を称したという。
その後、南酒出氏は美濃国山田郷の地頭として移った。
南酒出城は久慈川南岸にある台地の北東端に築かれている。
蒼龍寺の南側一帯が城跡で寺の境内も城域に含まれるようである。主郭は南東端にあり、方形に近い曲輪で周囲に土塁が巡り、北から西にかけて大きな空堀で遮断し、西側は土橋が架かっている。主郭の西に西二郭、北に二郭、三郭と連なっていたという。
蒼龍寺は元弘元年(1330年)器外文による開山で臨済宗の寺であったようだ。大永2年(1525年)南酒出城主の佐竹義忠によって曹洞宗となったという。
蒼龍寺から南へ続く農道を歩いて行くと、途中左へ進める道がある。ここを進むと本丸に至る。
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