詳細不明。『芸藩通志』の「瀧本 高城 並に下筒賀村にあり」の部分に登場する「高城」は当城とは無関係で、年村城の川を挟んだ東側にある山にあったとされる。その場所は字「高城」や「城屋敷」などがあるが、微地形表現図を見ても場所が特定できない。
高城山城は戸河内IC南方に聳える標高765.7mの高城山に築かれている。
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』に掲載されておらず微地形表現図で遺構を確認した城であるが、『筒賀村史 通史編』に縄張図入で掲載されていた。
単郭の城で小さな段差で東西二段に分かれている。曲輪の東背後、西尾根先端、南尾根先端をそれぞれ堀切で遮断している。
東背後を遮断する堀切は竪堀が伸びるが、南下方は切岸下の緩斜面に接続して堀切3を越えてくる山道の巻道のようになっている。
山頂の南東側にある舗装林道から尾根伝いに行くことができる。未舗装林道はそのまま降って行くので最初から尾根伝いに登っていくほうが良い。
未確認だが筒賀からの山道は筒賀PAの少し東の谷のあたりから付いているようである。
林道は天上山への登山口でもある「悠久の森」につながっているため管理されてはいるようだが、落石や倒木もありやや荒れている。