『芸藩通志』には「安南坊城 下伏谷村にあり、」とだけある。
『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』によれば安南坊城は湯来中学校の南背後の山に築かれているという。
同書に図面が掲載されているが、現地と合わないので方角を間違えているようである。山上には緩斜面地形と若干の人工地形が確認できるが、現状では明確な城郭遺構は確認できない。
尾根の先端に位置するため南を除く三方は急坂であるが、南背後の尾根には堀切もなければ、高い切岸も存在しないことから、城郭遺構とするのは難しい。東から谷筋が緩くこのあたりから登っていたようで、谷状に掘削されたような地形が存在し、そのなかに五輪塔の水輪部分と思われる石材が転がっている。これは『広島県中世城館遺跡総合調査報告書』にも五輪塔があると記載されている。
『芸藩通志』巻49の下伏谷村の絵図に載る安南坊城の位置は山塊の途中に描かれており、ここからさらに登った標高461.9mの山で遺構を確認した仮称 城平城が安南坊城の可能性が高いと思われる。
道はなさそう。中学校の西側にある裏門のあたりから山に取り付いた。