安芸 新高山城あき にいたかやまじょう

城郭放浪記


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安芸 新高山城の写真
掲載写真数
形態
山城(198m/186m)
別 名
なし
文化財指定
国指定史跡
遺 構
石垣,土塁,郭,堀,井戸
城 主
小早川隆景
歴 史

天文21年(1552年)小早川隆景によって築かれた。 竹原小早川家の養子となった毛利元就の三男隆景は、その後、本家沼田小早川家の養子となり木村城から高山城に移ったが程なく新高山城を築城しこちらを本拠とした。

隆景は後に五十二万石で筑前国名島城に移封となるが、養子の秀秋に家督を譲り隠居すると、慶長元年(1596年)には三原城を隠居城として大改修した。

この時、新高山城の石垣の石は三原城に移された。

説 明

新高山城は沼田川の西岸に聳える標高198m程の山に築かれている。匡真寺跡にある案内板に縄張図が記されているが、北の丸とシンゾウス郭辺りは余り整備されていないが、それ以外の部分は良く整備されており気持ちよく散策できる。

新高山城は東端の山頂に本丸、北下に釣井の段、西へ中の丸、石弓の段、西の丸、北の丸と続く。中の丸から南へ伸びた大手の尾根には匡真寺跡、番所、鐘の段があり、西の尾根には紫竹、シンゾウス郭などがある。

大手道から登ると谷間の道を北へ登っていく。道の東側には番所、西側には鐘の段、上り詰めた先は匡真寺跡である。番所は谷間に沿って南北に三段の曲輪があり、上段は大手道に面して土塁を設け、脇には石積や列石なども確認できる。

鐘の段は南へ張り出した尾根の先端が小高くなった所にあり、中央が小高くなって鐘の段となり、北側山腹には横堀状の通路らしき遺構がある。この小高くなった部分を中心に四方に曲輪が展開している。

匡真寺跡は大手道を上り詰めた所にあり、天正5年(1577年)に小早川隆景の父毛利元就の七回忌、母妙玖の三十三回忌の法要が行われた場所である。ここには瓦片が散乱し、土塀跡や石塁、北背後には庭園の庭石や池のような跡が残る。

匡真寺跡から登ると中の丸に至る。中の丸は本丸の西側から北側を取り囲むような曲輪で、東に本丸、西に石弓の段、西の丸、北の丸と続く。

本丸は北中央と南西に虎口がある。北中央が大手門跡で、北側に石段が一直線に伸び、脇に門跡か櫓跡のような石垣が付く。南西虎口は内桝形で外側は細い通路。内部は土塁が付き、脇に列石の建物跡が残る。本丸の東側の最高所は詰曲輪で、この端に音声ガイドが付いており、景色を堪能しながら聞くことができる。

本丸の北下にある広大な曲輪群が居住空間で、多数の石組み井戸が残る釣井の段や石塁や石垣が残るライゲンが丸、東の丸、西側には中の丸から北へ続く曲輪がある。

中の丸から西の石弓の段、西の丸、北へ向かうと北の丸がある。この手前から別ルートで降りていく道があり、それを降ると西山腹にある畝状竪堀群を経て紫竹に至る。ここから更に南尾根に伸びる曲輪群へ降りていくと、シンゾウス郭に至るが、ここは未整備で笹薮になっている。紫竹から谷間の道を下れば鐘の段に至り、そのまま下山できる。

案 内

国道2号線本郷大橋西詰から沼田川に沿って北上していけば、大手登山口に至る。登山道入口の北側に駐車場が用意されている。(地図)

最寄り駅(直線距離)
1.6km 本郷駅
9.2km 安芸長浜駅
9.2km 大乗駅
9.3km 忠海駅
9.6km 河内駅
所在地/地図
広島県三原市本郷町本郷
付近の城(直線距離)
1.0km 安芸 高山城
1.6km 安芸 高木山城
2.2km 安芸 金売城
2.2km 安芸 岡井城
2.3km 安芸 丸子山城(本郷町)
2.6km 安芸 三太刀城
2.6km 安芸 梨羽城
3.3km 安芸 今井谷城
3.5km 安芸 永福寺城
4.1km 安芸 稲村山城
5.3km 安芸 鶴山城
5.5km 備後 上野城
5.8km 安芸 日名内城
7.7km 安芸 水野土居屋敷
7.8km 備後 頼兼城
7.9km 安芸 小梨城
8.1km 安芸 茶臼山城(竹原市)
8.2km 備後 神笠城
8.3km 安芸 高城(大和町)
8.7km 安芸 木村城
8.8km 安芸 宇山城
8.9km 安芸 龍王山城
8.9km 安芸 手島屋敷
9.0km 安芸 本城山城
最終訪問日
2012年12月
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