大和 椿尾上城やまと つばおかみじょう

城郭放浪記


△トップに戻る

TOP > > (大和国/奈良県) > 椿尾上城
Tweet
大和 椿尾上城の写真
掲載写真数
形態
山城(529m/-)
別 名
筒井山城,椿尾城
文化財指定
なし/不明
遺 構
石積,土塁,曲輪,堀切,畝状竪堀群,横堀,竪堀,井戸,虎口
城 主
筒井氏
縄張図
椿尾上城縄張図
歴 史

築城年代は定かではないが天文年間(1532年〜1555年)はじめに筒井順昭によって築かれたと云われる。

筒井順昭が筒井城(平城)の詰城として筒井山ノ城を築いたが、これが椿尾上城であったと考えられている。

永禄2年(1559年)松永久秀によって筒井城が陥落すると筒井順慶は国中から追われた。このときも椿尾上城は筒井方の城として拠点の一つとなっている。

説 明

椿尾上城は標高528.7mの城山山頂に築かれており、主郭には五社大明神が祀られ登山道が整備されている。

三角点のある東端最高所が主郭Iで、そこから北西に伸びた尾根まで広い曲輪群が続いており、大規模な山城となっている。曲輪や堀の側面には至る所に石積が確認できる。尾根を完全に遮断するような堀切は認められず、南側に畝状竪堀群を多用していることから、南から攻められることを想定した縄張と考えられる。

主郭Iは南北二段で北側に高土塁がある。南の曲輪群IIとは横堀15で区画されており、西端の土橋部分が虎口1となる。

曲輪群IIは最高所のII1を中心として削平地があり、北側に虎口2がある。この虎口2は右折れで入りさらに左折れで入る構造で、正面には大きめの石を設けてある。

堀切13は岩盤を削った大規模な溝であるが、後世の改変のようにも見え、その先に曲輪IIIがある。 曲輪IIIはほぼ土塁囲みの曲輪で、西辺は屈曲して南西隅が突出し、外側は横堀12となる。この横堀12も北端と南端は尾根を遮断するようにはならない。 曲輪IIIの内部にはため池のような窪地があり、最高所の北東部は櫓台状になって社が祀られている。また南東隅には現在の登山道が接続しており、この部分に低い土塁がある。

曲輪IIIから西へ伸びる尾根には曲輪群IVが整然と並び、北下には虎口3に繋がる曲輪Vを見下ろす形になっている。

曲輪Vの南西隅には虎口3があり、外枡形状の空間を備えている。ここから北西尾根に下ると北側は巨大な竪堀状地形10があり尾根を狭くしている。ここから北へ伸びた尾根には曲輪群XIと曲輪群XIIがあるが、削平されているものの切岸は甘く堀を伴わない。

西端の畝状竪堀群8は尾根に沿って二条の竪堀が伸び、そこから両脇に竪堀を落としている。一部の堀は山道として利用されており、下方には堀切9がある。

竪堀群7、竪堀群4は曲輪直下から斜面に伸びている竪堀群で不明瞭ながら幅広の竪堀群が設けられており、下方には畝状竪堀群6がある。畝状竪堀群6は緩斜面に整然と並んだ竪堀群で見応えがある。東端は現状緩斜面になっており何もないが、堀切5が設けられている。

畝状竪堀群2は林道で分断されているが南の谷筋に向かって竪堀が伸びている。

曲輪VIIIは東西両端に堀16、堀17がある。堀16のあたりは土塁も付いて虎口のようにも見えるが下に続くような道はない。元々16、17が繋がる堀切であったものを埋めて現状のような地形になったのではないだろうか。

案 内

南の中畑町側から城山方面に向かって登っていく車道の終点まで車で行くことができる。

車道の終点はチェーンで通行止めになっているが、その脇から山へ入る林道があり、それに従って行くと城山に至る。

最寄り駅(直線距離)
5.6km 帯解駅
5.9km 櫟本駅
6.4km 京終駅
6.6km 天理駅
6.7km 天理駅
所在地/地図
奈良県奈良市北椿尾町字城山
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
付近の城(直線距離)
1.5km 大和 興隆寺城
1.5km 大和 椿尾下城
2.3km 大和 高樋城
2.3km 大和 鉢伏城
2.4km 大和 長谷城
2.7km 大和 段の峯城
2.8km 大和 茗荷城
3.8km 大和 福住中定城
4.4km 大和 福住井之市城
4.5km 大和 古市城山城
4.5km 大和 古市城
4.5km 大和 誓多林城
4.6km 大和 豊田城
4.6km 大和 山田岩掛城
4.6km 大和 山村館
4.7km 大和 窪之庄城
4.8km 大和 長滝城
5.3km 大和 大平尾城
5.5km 大和 別所城
5.7km 大和 別所城
5.8km 大和 永井城
5.9km 大和 今市城
6.0km 大和 苣原城
6.5km 大和 西方院山城
最終訪問日
2026年2月
TOP > > (大和国/奈良県) > 椿尾上城