土佐 姫野々城とさ ひめののじょう

城郭放浪記


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土佐 姫野々城の写真
掲載写真数
形態
山城(196m/140m)
別 名
なし
文化財指定
町指定史跡
遺 構
郭,堀
城 主
津野氏
歴 史

築城年代は定かではないが津野氏によって築かれたと云われる。 津野氏は藤原仲平の子山内蔵人経高が伊予より土佐に入り津野山を本拠として津野氏を名乗ったことに始まると云う。

津野氏は土佐七雄の一人に数えられる勢力を誇っていたが、永正14年(1517年)津野元実は一条氏の家臣戸波城の福井玄蕃を攻めて敗れ討死した。

これによって津野氏の勢力は衰退し、天文年間(1532年〜1555年)には一条氏に降った。元亀2年(1571年)頃になると勢力を拡大していた長宗我部元親の三男親忠を養子に迎えその支配化に入った。

津野親忠は長宗我部元親が豊臣秀吉の四国征伐により降伏し、土佐一国を安堵されると秀吉の元に人質となって大坂に送られた。豊臣秀吉による九州征伐で元親の嫡子信親が討死すると、家督相続争いに巻き込まれ、慶長4年(1599年)には元親によって岩村に幽閉された。長宗我部盛親が関ヶ原合戦で西軍について敗れると、親忠は親しかった藤堂高虎を通じて徳川家康に長宗我部家の存続を願い出ていたが、盛親によって殺害された。

説 明

姫野々城は新荘川の北岸にある標高196mの山頂に築かれており、現在は城山公園として遊歩道が整備されている。

主郭は山頂にあり、詰の段を二の段が取り囲んでいる。この主郭と東本城と書かれた東尾根にある曲輪が主な曲輪となるが、この間の尾根には五重堀切を設けて遮断している。

主郭の周りには巨大な連続竪堀群が巡っており、尾根には連続堀切がある。登城路である南尾根にも連続堀切があり、小規模な曲輪群らがな大規模な堀切と竪堀を多用した城である。

案 内

南尾根にある白雲神社を目指す。神社まで車道が付いている。 国道197号線から姫野々集落内の道路に入り、葉山小学校の前を南東に進んで行くと城山遊歩道への道標が建っている。葉山小学校からも登山道があるようである。

最寄り駅(直線距離)
7.6km 斗賀野駅
7.7km 吾桑駅
7.9km 大間駅
8.3km 多ノ郷駅
8.7km 土佐新荘駅
所在地/地図
高知県高岡郡津野町姫野々(城山公園)
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
付近の城(直線距離)
1.2km 土佐 新土居城
5.9km 土佐 小蔭山砦
7.3km 土佐 岡本城
7.7km 土佐 畦田城
8.1km 土佐 石木戸城
8.4km 土佐 菊之森城
8.5km 土佐 須崎城
8.9km 土佐 須崎砲台
9.0km 土佐 佐川城
9.2km 土佐 深尾土居屋敷
9.8km 土佐 針木城
最終訪問日
2015年12月
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