天和元年(1681年)松平摂津守義行によって築かれた。 松平義行は尾張藩主徳川光友の子で、天和元年(1681年)に信濃国に三万石の新知が認められて新野陣屋が築かれた。
元禄13年(1700年)義行は所領の半分を美濃国に移され、美濃国高須に移り、以降は天領陣屋として存続した。しかし、享保9年(1724年)に中野陣屋に統合され廃された。
新野陣屋は中山晋平記念館のある新野地区に築かれていた。 陣屋は記念館の南の山裾付近にあり、現在は民家になっているという。周囲の方にその所在を伺ったのだが明確な場所をご存じの方には出会えなかった。ただ、記念館の近くの民家に陣屋の蔵らしきものが移築現存しており、それは確認することができた。
蔵(移築 倉庫)