永正10年(1513年)浅井亮政によって築かれたのが始まりとされる。
天正元年(1572年)織田信長が小谷城に攻め寄せると加勢にきていた越前朝倉勢がたて籠ったが落城した。
丁野山城は小谷城の西側にある岡山の一角に築かれており、現在は登山道が整備されている。
主郭Iは山頂にあるが中島城とは異なり土塁はなく虎口も明確ではない。主郭の周囲には横堀2が巡り、その外側には小郭II、IIIがあるが曲輪として狭く、むしろ櫓台のような位置づけだろう。
主郭東側に現在の登山道が接続する虎口がある。また南尾根を遮断する堀切3は東の竪堀部分が食い違いになって虎口を形成している。
登口は北と東にあるが、北は農道で駐車場がない。現在東側の登口にある工場の駐車場が開放されて利用できるので、そちらから登るのが良い。
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