美濃 北方陣屋みの きたがたじんや
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築城年代は定かではないが寛文8年(1668年)頃に戸田光賢によって築かれたと云われる。 北方戸田氏は寛文8年(1668年)に加納藩主(戸田)松平光重が三男戸田光直(光賢)に五千石を分知したことに始まる。このとき同じく次男光正に五千石が分与され文殊戸田家が興っている。
北方陣屋は大井神社の南方一帯、中世の北方城の一角に築かれていた。 現在は大井神社から南へ続く道路の両側に、陣屋跡を示す標柱が立ち並んでいるが辺り一面宅地となっており、遺構はない。