文化財指定
なし/不明
遺 構
なし
城 主
宇津木下綱
歴 史
天正8年(1580年)宇津木下綱によって築かれた。
下綱は
厩橋城北条高広を武田方に引き入れる事に成功した功によって、那波郡西部に二百八十一貫文の所領を得て築城した。
武田氏が滅亡した後は、小田原北条氏に属し、
金山城攻略の後は坂中城(金山北城)を守備した。
北条氏滅亡後は
箕輪城に入部した井伊直政に仕え、井伊氏が
近江国彦根に移封となると、それに従った。
説 明
城は玉村八幡宮の北東、玉村小学校の北にあったというが、現在は住宅地となっていた。
案 内
最寄り駅(直線距離)
3.7km 北藤岡駅
3.7km 新町駅
5.5km 倉賀野駅
6.0km 駒形駅
6.6km 群馬藤岡駅
所在地/地図
最終訪問日
2007年5月